自分探しの心の旅路
歴史、文化、政治、生活、芸術、様々な広い視野から、『自分は何者か』を探求し、読者の皆さんにも自分探しの道標となるべく、尽力して行きたい。
『日ユ同祖論』…4
現在のユダヤ人のほとんどが、いわゆる『イスラエルの民』ではない、とはどういう事か?

イスラエル12氏族のうち、北イスラエル王国を構成した10氏族は、紀元前722年、メソポタミア地方に勢力を急速に拡大してきたアッシリア帝国に攻められ、必死の防戦むなしく、あっけなく制圧されてしまった。
イスラエル10支族はそのままアッシリア帝国へ連行され、完全に捕囚(ニネベ捕囚)されてしまったのである。
 アッシリア王サルゴンの年代記によれば、「サマリア(北イスラエル王国の首都)の貴族階級27,290人をアッシリアに連行した。」とある。

その後、ユダ王国の2氏族も新バビロニアに滅ぼされ、首都バビロンへと捕囚される。(バビロン捕囚)

その50年後、新バビロニアの滅亡と共に、ユダ族はパレスチナの地にもどり、ソロモン宮殿を立てなおし、現代へとたどる「目に見える歴史」をたどった。

しかし、ニネベに捕囚された27,290人のイスラエル10氏族は歴史の表舞台からこつ然と姿を消した。

10氏族はどこに行ったのか?
それはまたの機会にして、まずは現在のユダヤ人について話して行こう。

本来、ユダヤ人とはユダ王国の末裔達であるはずなのだが、今のイスラエル国民はほとんどが全く別の人種なのだ。ではそれは何者か?

カピス海の北西、現在のベラルーシ、ウクライナのあたりに「ハザール汗国」という国があった。「汗国」とはかつて史上最大の帝国を作り上げた、チンギスハンで知られるモンゴル騎馬民族の流れを汲む、可汗(カガン)と呼ばれる皇帝をたてた国。「ハザール汗国」は、7世紀初頭に国家を樹立した。

khazaria


この「ハザール汗国」は、東にイスラム教を奉じるイスラム帝国(アラブ人)、西にキリスト教(東方正教会)を奉じるビザンティン帝国(東ローマ帝国)の、二大超大国と国境を接していた。そして、双方から自らの宗教(イスラム教とキリスト教)へ改宗するよう迫られた。

どちらも敵に回したくはない「ハザール汗国」は、第三の宗教である「ユダヤ教」を国教とする事を選び、8世紀に国民総出で改宗した。

しかし、ビザンティン帝国の謀略やら、国内諸民族の紛争・国土の荒廃・経済基盤の崩壊によって、徐々に衰退していき、10世紀には遂に国家が消滅し、「ハザール人」は各地へ離散していった。そしてこの時、ヨーロッパに入った「ハザール人」の内、ある者は「ヴェニスの商人」に代表される商業・金融の中核へ、又ある者は各国政界の中枢へと食い込んでいったのです。

ユダヤ教を信仰する「ハザール人」たちは、世界で「ユダヤ人」と呼ばれるようになっていった。

そして、20世紀。
イスラエル元首相・ネタニヤフを見てもお分かりの様に、彼は明らかにコーカソイド(白色人種)つまり、ハザール人である。
聖書に登場し、バビロン捕囚に消えた「契約の民・ユダヤ人」ではないのである。

そして重要な事は、現在のイスラエルを実際に動かしているのは彼らハザール人(偽ユダヤ人)だと言う事。
確かに、イスラエルには正真正銘のユダヤ人もいるが、彼らはあくまでも「二等市民」でしか無く、その待遇は、非占領民であるパレスティナ人と何ら変わりが無いのである。

富めるハザール人、貧しいユダヤ人。
それが現代イスラエル社会の「現実」なのだ。

この事は一般的ではない史実である。ハザール人達は、聖書に登場し脈々と受け継いだ血である事を示したがるが、それは虚実でしかない。

しかしあくまでも、近代から現代において、多くの差別や迫害を受けてきた「ユダヤ人」とは彼らも含んだ「ユダヤ人」であり、苦渋をなめた後、イスラエル建国に燃えたのも彼らではある。
ハザールの地にもどったのなら正解だったが、イスラエルの地には、祖先は持たないのだ。

であるが故、ここで言う『日ユ同祖論』は現在のイスラエルという国はほぼ関係なく、『イスラエルの民』とはユダ王国の2氏族とイスラエル王国の失われた10氏族のの事なのだ。

現在の世界を動かすほどのユダヤ資本なども、すべてハザール人のことなのだ。
これは、いかんせん重要なところである。



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