自分探しの心の旅路
歴史、文化、政治、生活、芸術、様々な広い視野から、『自分は何者か』を探求し、読者の皆さんにも自分探しの道標となるべく、尽力して行きたい。
ここが凄いよにっぽん人!
朝鮮出兵の際の『虎退治』のエピソードで有名な加藤清正。
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今から450年前に、加藤清正が熊本で持っていた船がすごい。
2000人が乗れる木造の船で、フナ底には大浴場も設えていたとか。

惜しくも、豊臣秀吉の時代に鎖国に向けて、全国の大名が持つ船舶は全て壊された。

海洋国であり、戦国時代を経た日本は、造船も操縦もおそらく世界の最高峰であっただろう。

それから、300年後に外国船の来航で幕末の志士たちは驚愕する訳だけど、もし豊臣以前の日本の造船技術が、そのまま300年発展を続けていたとしたら、驚愕したのは外国人のほうだっただろう。
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そして、明治維新で日本はフリーメーソンや武器・戦艦の商人たちの意のままに時代が動いていく。

長州藩の『長州五傑』と呼ばれる五人は若い頃に、おそらくフリーメーソンの援助のもと、イギリスに留学している。
長州藩とイギリスの戦争が始まるかどうかと言う最中にだ。

この『長州五傑』のメンバーはのちのち、伊藤博文・初代総理大臣『内閣の父』、井上 馨・外務卿『外交の父』、遠藤謹助・造幣局長『造幣の父』、井上勝『鉄道の父』、そして山尾庸三は一人ロンドンに長期滞在し造船技術を学び、帰国後造船所を設立し『工学の父』となる。

五人はまさに日本を作っていった。

山尾以外の4人は皆、一度は造幣局長の任に就いている。
日本の造幣は、アメリカがそうであったように、明らかにフリーメーソンの意思が組み込まれている。
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山尾庸三の立てた造船所は、その後『三菱』となっていく。
『三菱重工』の前身だ。

『三菱重工』と言えば、1990年代の初期に欧米を驚愕させる製造計画を打ち立てた。

それは、垂直に浮上し、空中で静止出来るジェット戦闘機。
空中で静止して、180度向きを変えて飛び立つ事が出来る。

まさにUFOだ。

これは、試作をしたものの、外国の圧力により潰された。
そして、出来たのはブルーインパルスt-4。
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インドネシアが国産ジェット戦闘機をつくろうとした時も、IMF(世界通貨基金)がインドネシア通貨を暴落させて、開発断念にこじつけている。

要は、戦闘機が欲しければ、お金を出してアメリカやロシア、フランスなどのものを買いなさい、ということだ。
そして戦争はそのプレゼンテーションとして利用される。
日本にすんごい戦闘機をつくられては困るのでしょう。

この小さい島国、日本には世界を驚愕させる力が秘めている、と思います。
そして、琉球は日本の大事な気の部分を担っている。

そんな風に感じます。


皆様の知っている『ここが凄いよにっぽん人』何かあったら教えて下さい。



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